気候変動が社会へ与える影響が大きくなっている今、東京都は気候変動対策を世界の大都市の責務だと捉えており、2019年5月に「ゼロエミッション東京」を実現することを宣言しました。平均気温の上昇を1.5℃に抑えることを追求し、2050年にCO2排出実質ゼロに貢献することを宣言したのです。
東京都はこの宣言以前から、気候変動対策に関する様々な施策を実施してきました。その一つが、「総量削減義務と排出量取引制度(キャップ&トレード制度)」(以下、本制度)です。
この制度は、大規模事業所(前年度の燃料、熱、電気の使用量が、原油換算で年間1,500kL以上の事業所)にCO2排出量の削減義務を課すものであり、オフィスビル等をも対象とする世界初の都市型キャップ&トレード制度です。2010年4月にスタートしました。
具体的にはどのような制度なのでしょうか?以下で見ていきましょう。
目次
- 東京都CO2排出量の部門別割合
- 制度の対象
1)事業所3つの分類
2)義務対象者
3)対象となる温室効果ガス - 総量削減義務
- 削減義務未達成の場合
- 排出量取引
- 過去の削減量
- まとめ
1.東京都CO2排出量の部門別割合
まず、東京都のCO2排出量の部門別割合を確認しましょう。
全体の約半分を業務・産業部門が占めています。業務・産業部門の事業所数は約66万ですが、その内約1200(約0.2%)の大規模事業所が業務・産業部門の約4割のCO2を排出しています。
このような状況の中、東京都では、排出量の多い大規模事業所を対象とした本制度により、CO2排出削減対策の推進を行っています。(図1参照)
図1
出所:東京都環境局 パンフレット「大規模事業所に対する温室効果ガス排出総量削減義務と排出量取引制度(2020年4月)」を加工
2.制度の対象
1)事業所3つの分類
前述のように、本制度の対象は大規模事業所(業務・産業部門)です。一定期間での個々の事業所の削減義務量を定めることにより、確実に総量削減することを目的としています。
尚、温対法・省エネ法では規制対象が事業者(企業)単位であるのに対し、本制度では規制対象が事業所単位であることに留意しましょう。
本制度では、対象となる事業所を3つに分類しています。
ここでいう「事業所」とは、基本的には、建物、施設単位(住居用を除く)です。ただし、次の場合には、複数の建物等をまとめて一事業所とします。
・エネルギー供給事業者からの受電点やガス供給点が同一の場合
・共通の所有者が存在する建物・施設が隣接する場合
・対象となる規模の事業所が道路、水路等を挟んで近接している場合
(建物については主たる使用者が同一の場合に限る。)
・地域冷暖房施設について導管が連結している場合
それでは3つの分類を見ていきましょう。
前年度の原油換算エネルギー使用量が1,500㎘以上となると、「指定地球温暖化対策事業所」として指定を受け、毎年度「地球温暖化対策計画書」を提出する義務が課されます。
この内、満1年稼働で3年連続して原油換算エネルギー使用量が1,500㎘以上となると、「特定地球温暖化対策事業所」として指定を受け、指定地球温暖化対策事業所の義務に加え、エネルギー起源のCO2排出量…すなわち、原料・熱・電気の使用に伴って排出されるCO2の削減義務が課されます。
その他、総量削減義務の対象ではありませんが、前年度の燃料・熱・電気の使用量が原油換算で年間合計1,500㎘以上となった事業所で中小企業等が1/2以上所有している事業所は「指定相当地球温暖化対策事業所」となります。前年度の原油換算エネルギー使用量・特定温室効果ガス排出量の検証は不要ですが、指定地球温暖化対策事業所に準じて計画書の提出・公表が必要です。
図2【本制度の対象となる事業所】
図3【義務となる事項】
出所:東京都環境局 パンフレット「大規模事業所に対する温室効果ガス排出総量削減義務と排出量取引制度(2020年4月)」
2)義務対象者
実際に義務を負うのは、原則として事業所の所有者ですが、管理組合法人や特定テナント等事業者などが東京都に届け出ることにより、所有者に代わって、又は共同で義務を負うことができます。
3)対象となる温室効果ガス
①削減義務の対象(特定温室効果ガス)
燃料、熱、電気の使用に伴い排出されるCO2
※住宅のために使用されるものは除く。
②排出量報告の対象(その他ガス)
上記以外のCO2、CH4、N2O、PFC、HFC、SF6、NF3
なお、②を一定の条件下で削減した場合には、①の削減義務分に充当することが可能。(取引は不可)
図4【対象となる温室効果ガス】
出所:東京都環境局「大規模事業所への温室効果ガス排出総量削減義務と排出量取引制度(概要)」レジュメ p19
3.総量削減義務
各事業所の一年間当たりの削減義務量は、基準排出量に削減義務率・削減義務期間をかけて決定します。また、基準排出量に削減義務期間をかけ、削減義務量を引いたものを排出上限量とします。5年間の排出量の合計が排出上限量を超えなければ良いため、中長期的な設備更新計画などをふまえた柔軟な対応が可能です。
図5【削減義務量】
出所:東京都環境局「大規模事業所への温室効果ガス排出総量削減義務と排出量取引制度(概要)」レジュメ p25
上記の「基準排出量」「削減義務率」は、既存事業所と新規事業所とで、算定方法・設定方法が異なります。この記事では既存事業所について確認します。
既存事業所:制度開始当初の2010年より前から特定地球温暖化対象事業所に指定されていた事業所。
まず、「基準排出量」について確認しましょう。
原則、2002年度から2007年度までの間のいずれか連続する3か年度の排出量の平均値(※)で計算します。どの3か年度とするかは、事業者が選択可能です。
※ 3か年度のうちに、排出量が標準的でないと知事が特に認める年度がある場合については、その年度を除く2か年度又は単独年度とすることができる。
次に、「削減義務率」について確認しましょう。
削減義務率は東京都が設定しており、事業所の区分と計画期間によって異なります。
図6【区分ごとの削減義務率】
出所:東京都環境局「大規模事業所への温室効果ガス排出総量削減義務と排出量取引制度(概要)」レジュメ p34
参考:東京都環境局 動画「大規模事業所への温室効果ガス排出総量 削減義務と排出量取引制度(概要)2023【No.2】」
4.削減義務未達成の場合
削減計画期間は5年間で、計画期間終了後、1年6か月間が義務の整理期間となっています。この間に削減量が不足している場合は、排出量取引によりクレジットを取得し、削減不足分に充当する必要があります。この整理期間末までに義務履行が成されない場合、措置命令・罰金・違反事実の公表等の罰則規定があります。
積極的な省エネ対策の上、排出量取引等を活用し、確実に義務履行していきましょう。
図7【実効性の確保】
出所:東京都環境局「大規模事業所への温室効果ガス排出総量削減義務と排出量取引制度(概要)」レジュメ p49
参考:東京都環境局 動画「大規模事業所への温室効果ガス排出総量 削減義務と排出量取引制度(概要)2023【No.2】」
5.排出量取引
本制度では、事業所ごとに温室効果ガスの上限(=キャップ)を定めており、その上限以下になるように排出量の削減を進める必要があります。また、事業所ごとの削減量の過不足を取引(=トレード、排出量取引)によって獲得することにより、総量削減を進めることができます。
本制度の対象事業所が削減義務を達成するために、第一に優先されるのは高効率機器への更新や運用対策の推進など、自らの事業所で削減対策を推進することです。しかし、それでも達成できない場合には、排出量取引で他事業所の削減量を調達することにより、合理的に対策を推進することとなります。
まず、排出量取引に利用可能な5種類のクレジットを確認します。
図8【クレジットの種類】
出所:東京都環境局「大規模事業所への温室効果ガス排出総量削減義務と排出量取引制度(概要)」レジュメ p51
- 超過削減量
対象事業所が自らの努力で削減業務量を越えて排出量を削減した場合に、その分をクレジット化したもの。
- 都内中小クレジット
都内の削減義務対象外である中小規模事業所が、認定基準に基づく削減対策の実施によって削減した量をクレジット化したもの。 - 再エネクレジット
太陽光・風力等の再生可能エネルギーの環境価値を温室効果ガスの量に換算してクレジット化したもの。
具体的には、グリーンエネルギー証書等、他の制度によってその環境価値が認定された「その他削減量」と、本制度によって認定された設備で得られた電気・熱の価値である「環境価値換算量」の2種類。
- 都外クレジット
東京都外に位置する大規模事業所において、省エネ対策により創出された削減量をクレジット化したもの。(削減義務量相当を超えた量に限る。) - 埼玉連携クレジット
東京都と埼玉県の間で相互に利用可能なクレジット。
これら5つのクレジットには全て有効期限があり、基本的にクレジットが創出された計画期間からその次の計画期間の整理期間末日まで利用することができます。
尚、クレジットを当該計画期間で利用せずに次の計画期間に持ち越して保有することを「バンキング」と呼びます。
本制度における排出量取引は、東京都が管理する総量削減義務と排出量取引システムという電子システムの削減量口座簿上で行われます。
取引価格に対する上限価格・下限価格は定められていません。価格は、取引する当事者同士の交渉・合意により決定されます。当事者間の合意があれば、無償での譲渡も可能です。
参考:東京都環境局 動画「大規模事業所への温室効果ガス排出総量 削減義務と排出量取引制度(概要)2023【No.3】」
6.過去の削減量
同制度は計画期間を設けており、2024年現在は、第三計画期間です。
図9【計画期間】
出所:東京都環境局ウェブサイト 2024年11月15日閲覧
第二計画期間には、全ての対象事業所が総量削減義務を達成しました。継続対象事業所の85%が自らの対策によって削減義務を達成し、残りの15%の対象事業所もクレジット等を活用して削減義務を履行しました。
図10【第二計画期間の削減義務達成状況】
出所:東京都環境局ウェブサイト 2024年11月15日閲覧
図11【対象事業所の総CO2排出量の推移】
出所:東京都環境局 冊子「環境先進都市・東京に向けて~CREATING A SUSTAINABLE CITY~(2021年11月)」p10
7.まとめ
今後も本制度は継続されます。東京都は2050年までにCO2排出実質ゼロに貢献する「ゼロエミッション東京」を実現することを宣言しており、その達成に向けて、本制度の強化も検討されています。
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